まなざし

 母はだらしない女だった。 そう聞かされて育った。 実際、記憶のなかでも「だらしない」に相当するエピソードには事欠かない。 たとえば小学校の頃、授業中に高熱を出したことがあった。たしかあれは、三年生の初夏だったとおもう。...

春霞

 北海道の春は遅い。 奉天戦で負傷した月島基の復員は、他の兵士たちより一足遅れた。 ひさしぶりに踏んだ内地の土は、四月でも霜の気配を残していた。吹きつける寒風に、砲弾を受けて裂けた下腹の傷が疼く。それでも、斬るような冷気...